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オールドミスの嫁入り

 私の名はラウラ・フォン・エーベルヴァイン。
 侯爵にしては小さな所領の家に生まれた私は、そこですくすくと育ち、やがて成長も止まって久しく今年で早くも三十年が過ぎました。そう、私は今年で三十歳になったのです。
 結婚はしております。これまで三回。だけれど、そのいずれも婚儀を上げる直前に夫に先立たれております。
 一人目は流行り病。二人目は戦争。三人目は落馬で首の骨を……。
 そうして、私は奥方にも勿論母にもなれぬまましっかりと歳だけは重ね、いつの間にやら何処に出しても恥ずかしくない立派な行かず後家と相成りました。

(まあ、行ってはいるんですけどね。合計で三時間くらいは……ふっ)
 そんな私に恐らく最後の機会が訪れました。
    
 それは去年の冬の事。お隣にこのところ何やら大変元気なお国があるのですが、その御領主より舞踏会のお招きがあり、その場でお相手から正式なプロポーズを頂いたのです。
 向こうの御父上(邦国から王国へと成り上がった国の主に相応しく、野心に溢れた御仁でした)曰く、お相手の方のお名前はオーディスと仰います。
 当日はなぜかご本人は欠席されていてお会いすることが出来ませんでした。しかし、これがラストチャンスであることには違いありません。失礼な話でしたが、正直、嬉しさの方が大きくなかったかといえば嘘になります。
 それにしても、こんな年増によくもまあお声を掛けようと思いましたこと。
 舞踏会の後、両親にそれとなく尋ねてみましたが、その反応から、どうやらこれは政略結婚のようです。(まぁ、そうでない結婚の方が稀ですけど)
 数年前に唯一の男子を失い、後継ぎも居らず、残るは私だけになった我がエーベルヴァイン家は将来断絶が確実視されております。そこで残される領地の継承権にお隣のネーベル王国が目を付けたというのが大まかな事の次第のようです。
 私に子供が居ないというのも都合がよろしかったようで、向こうの父王様は終始ご満悦のご様子でした。ま、何だかんだで両親も心配事が一つ解消されて安心しているようでしたし、私も今更そんなことで文句を言うつもりなどありません。
 不安視されていた婚儀も無事に盛大に執り行われました。(後に聞くところによると、今度はどんな死因で新郎が死ぬのかなどという不躾極まりない賭け事が何処かで行われていたようです。ざまあみろ)

 ただ、その朝初めてお会いしたオーディス様のお姿を見て、さしもの私も驚きました。

 先に断っておきますと、私は殿方の見目について特別こだわりがあるわけではありません。そりゃあ、まあ、どちらかといえば麗しいお顔の方が良いですが、表面の形なんて所詮は移ろいゆくもの。それに比べれば中身が優れていることの方がずっと素敵な事です。そしてそれにもまして、まずは不意にお亡くなりになるような事のない健康と運を備えていることが最も大事です。
 その点で言いますと、オーディス様は見事でした。
 父親譲りのがっしりとした肩幅は見るからに逞しいですし、こちらは母親譲りの茶色い髪の毛も水色の瞳もピカピカしていて眩しい程です。
 ただ……一つだけどうあっても見過ごすことの出来ない部分がありました。
 それは年齢です。
 髭の一本も生えていないつるりとした肌を見たとき、私は言葉を失いました。その上、相手も私の顔を見て何やら驚いているご様子。でも、私の両親も向こうの両親も、気まずそうに視線を逸らす以外は驚いた様子はありませんでした。
 そうです。私は見事にしてやられたのです。
 実際に会うまで互いの年齢が意図的に隠されていたのです。
 何とか気を取り直してお相手の年齢を尋ねましたら、十七歳という答えが返ってきました。それはそれは気が遠くなるような年齢差。
 私も聞かれたので、ちゃんと正直に答えました。
 すると、オーディス様は口をあんぐりと開いて、ふらふらと何処かに行ってしまいました。やっと戻ってきたのは式が始まる直前。何処に行っていたのか知りませんが、顔を真っ赤にして私の傍に座ると、それから一度も目を合わせてはくれませんでした。
 まあ、そりゃあねぇー。普通、驚きますよ。
 えーえー、なんせこちとら三十路。二十歳にもなっていない少年からしてみたら、どう見たっておばちゃんですもんねー。それがお嫁さんとあっちゃ、心が受け入れ難いのもそりゃ頷けますよ。
 でも言わせてもらいますけど、私だってまだ毛も生え揃ってないような子供に興味なんてありませんし、そういう特殊な趣味もございません。

 そして、迎えた初夜。
 どう見ても二人分の大きさのベッドの上で私は何事もなくいつも通り就寝しました。
 相手は来ませんでした。
 涙など出ません。
 ただ、なんと言いますか、聞いていた新婚の生活とは随分と懸け離れている現実に溜息が止まりません。
 ああ、こんなことなら、一生何処にも嫁げなくて良かったのかもしれません。背負う家名もないものですから、社交もそこそこに、私は大好きな芸術や音楽に打ち込んでいられましたし、小さな女の子らに刺繍やダンスの手習いをするのも楽しかったです。
 今思えば、仮初と思っていたあの日々のなんと恋しい事か。
 それからオーディス様は私と殆ど口を聞いてくれませんでした。
 会うのも食事の時くらい。
 折角、美味しい物が食べられるのだから、もう少し楽しんでお食事をなさっても良いと思うのですけど、この若者はどうも父親とは違って静かで大人しく、寡黙なのです。
 何度か話をふってみたこともあるのですが、全然盛り上がらず、一言二言返事があっていつもそれきりになります。
 若いのに、とんだ朴念仁です。
 ああ、でも一度だけ、向こうから声を掛けて頂いたことがありました。

「夜、寒くはないか」

 ふいに聞かれたので私は内心戸惑いました。
 まさか何かの嫌味なのかと一瞬疑いましたが、相手は変わらず澄ました表情をなさっています。

「はい。おかげさまで暖炉付きの暖かい部屋ですから冬の晩でも不便はありません」

 ふっかふかの布団までありますから、寒いはずなどありません。一体、どういう意図の質問なのでしょうか。

「……そうか」

 しかし、オーディス様はそれ以上何も仰っては下さいませんでした。

《試し読み版 / 終》

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